600年もの間、「湯主一条」が支持される理由のひとつは、1428年開湯の「薬湯」と評される温泉。「傷には鎌先」と昔から地元で知られる奥羽の名湯が今も旅人を迎える。湯は無色透明で肌にやさしい。「傷、火傷などに効く」との評判が広まり、かの伊達政宗公も浸かったという記録も残されている。一方、露天風呂は、90年前にすぐ目の前の洞窟に湧く異なる源泉で、こちらは美肌の湯。緑に囲まれた湯浴みは、よく温まった身体に山間から届く風が心地よい。11月になればモミジや、市の重要文化財のトチの紅葉が始まり、大いに目を楽しませてくれるだろう。
 客室でしばしくつろげば夕餉の時間となり、夕食をいただきに大正末期~昭和初期に建てられた本館にある個室料亭「匠庵」へ。定評のある料理長自慢の会席。季節の献立で供される一品一品はどれも華やかで美しい。500年前の宮大工が釘を使わず造ったこの館も、数多の先人の疲れを癒してきたおもてなしも、この丹精の品々のように、常に時のなかで大切に受け継がれながら洗練されてきた。
伝統はだから美しく心地よい。

▲「美の回廊」と称される本館の個室料亭「匠庵」。大正ロマンの雰囲気が漂う特別な空間で、妥協なしに作られる会席料理「森の晩餐」に舌鼓をうつ非日常の愉悦を堪能したい。