平家の落人たちが隠れ住んだという伝説が残る祖谷渓谷。冬は雪も積もる山深い地は、3月も半ばとなれば春の息吹があちらこちらで感じられ、旅好きをこの地へと向かわせる。今回の旅の目的は、国指定重要有形民俗文化財「祖谷のかずら橋」とそのすぐ傍に湧く秘湯。「祖谷のかずら橋」は平家が追っ手から逃れる際に切り落とせるように造られたという説が残る日本三奇矯で、幅2m、下を流れる渓谷の水面からの高さは何と14m。風が吹くと奇矯は思いのほか揺れるが、背筋を凍らせるのが第一の旅の目的。大いにすくんだ身体を秘湯で癒せば、心地よさもひとしおというわけである。
 宿は「祖谷のかずら橋」のすぐ近くに佇む、その名も「ホテルかずら橋」。本命の秘湯は専用のケーブルカーで約1分登った山頂に山を切り拓いて造られている。男性用・女性用・混浴用の露天の岩風呂に、貸切の五右衛門風呂が3つ。ほのかに硫黄が薫る温泉と、雄大な山里の眺めがじんわりと身体と心を癒してくれる。夜は無数の星が真上に煌き、早朝は眼下に雲海が広がる絶景と秘湯。ここにしかない時間がゆっくりと流れている。

写真上:夕食は名物の「祖谷そば」や、あめごの刺身など地元の四季折々の食材だけで作られる郷土料理。身体にやさしい手作りの味が揃う。写真下:2015年2月にリニューアルされたばかりの食事処「阿佐の間」。掘ごたつの囲炉裏端では、こまわしや鮎の塩焼を焼きたてのアツアツを味わえる。