旅行のプロが毎年審査・認定する「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」。36年連続総合第1位を獲得しているのが、和倉温泉の加賀屋です。リピーター人気も高く、「一度行ったらまた行きたくなる」宿として不動の地位を築いています。利便性の高い北陸新幹線の開業に伴い、関東からの来訪も多くなりました。多くの加賀屋ファンが愛してやまない、上質の宿。うららかな日差しに誘われて、春の能登路を訪ねてみました。
能登半島のほぼ真ん中に位置する和倉温泉。
その中でも伝統の歴史とひときわ高い格式を誇っているのが、加賀屋そのものです。
そのたたずまいは、まさに和倉の代表格。
明治39年に創業以来、和倉温泉の歴史は加賀屋の歴史といっても過言ではありません。
モットーは「心からのおもてなし」。
いくら時代が変わっても、利用客ひとりひとりに対するスタッフの細かな気遣いの精神が変わることはありません。
フロント前でいきなり目に飛び込んできたのは、広いラウンジと目の前の海。
思わず立ち止まってしまうくらい、インパクトのあるパブリックスペースに遭遇しました。
まるで豪華客船のロビーにいるような感覚。
訪れた人の心を優雅にさせる、第一印象に心を奪われてしまいました。
ロビーラウンジ「飛天」。
チェックインの際には、琴演奏と四季折々の花による演出が。
まさに五感をくすぐられるお出迎えも、加賀屋ならではです。
フロントでチェックイン。
ひときわ目についたのは、「温泉旅館 加賀屋」と書かれた木製看板でした。
明治39年創業以来、加賀屋の歴史をみつめ続けてきた生き証人でもあります。
「温泉旅館」という表現に、歴史を感じずにはいられません。
客室に続く道すがら、まるで街道の一角を感じさせるような「錦小路」。
お土産や特産品のほか加賀屋のオリジナル商品も販売、歩いているだけでも楽しくてつい立ち寄ってしまいたくなります。
欲しいものがいつでもすぐに買えるのが、加賀屋の安心感でもあります。
今夜の客室は、「雪月花(」せつげつか)特別階。
加賀屋でも最もクオリティーの高いフロアのひとつです。
雪月花では、フロアごとに花の名前がつけられています。
たとえば、4階「山吹」、9階「ふじ」、12階「南天」、15階「水仙」など。
1年で咲く順番通りの花の名前が、下の階層からつけられていることはあまり知られていません。
エレベーターに乗りながら、季節のひとつひとつに思いを馳せてみるのも加賀屋ならではといえましょう。
今回お世話になるのは、雪月花の「らん」(17階)。
部屋数はなんと3つもありました。
入ってすぐの座敷は13.5畳。
座卓だけでなく、肘掛けまで用意されていて、まるで加賀のお殿様気分。
七尾湾が一望できる明るい部屋がうれしいですね。
そして、座卓は一枚ものの輪島塗り仕上げで、光沢感が絶妙です。
きっとすごい値段がするんだろうなと思うと、うかうか肘もつけません。
部屋へ通された瞬間が、旅の中間地点。
自分だけに与えられた珠玉の空間で、荷物だけでなく心まで解きほぐされました。
今夜お世話していただくのは、客室係の孝子さん。
早速、加賀屋特製であり雪月花限定の和菓子でもてなしていただきました。
椅子で着席するスタイルの広縁は6畳のスペース。
最近は食事を椅子で、寝る時はベッドで、というスタイルも珍しくなくなりました。
日本旅館本来のスタイルではないかもしれませんが、そのほうが楽だという客さんが多いのは事実です。
今夜の夕食はここでいただきます。
もうひとつの部屋はこちら、ツイン仕様のベッドルーム。
畳に敷かれたふかふかの布団にもぐり込んでみたい気持ちもあったのですが、エアウイーヴの誘惑についつい負けて、結局ベッドを選びました。
早速、お風呂へ足を運んでみることにしました。
加賀屋の男性用大浴場は、露天風呂と野天風呂、そして恵比寿の湯に分かれます。
明日のチェックアウトまで、時間はたっぷり。
まずは、日の明るいうちに露天風呂を体験してみました。
露天風呂に到着。
七尾湾が眼下に広がって、旅の疲れを忘れさせてくれます。
海を見ながらのお風呂ってやっぱり格別ですよね。
七尾湾は北・南・西に分かれていて、加賀屋の前にあるのは「七尾西湾」と称されています。
そろりそろりと浸かってみました。
おっと、意外に熱い!
露天風呂なのであえて高温なのでしょうか、それともさっき部屋でぬくぬくしすぎたせいでしょうか。
ここはゆっくりゆっくり体を沈めていきます。
はあ~~~、と声が出ないはずがありません。
すべてのストレスが体から離脱していくような快感。
温泉にきてよかった、そう確信した時間でもありました。
露天風呂を出て、夕食までの時間を散歩で過ごしてみることにしました。
もちろんまだ体はぽっかぽか状態です。
まず向かったのは、「総湯館」という和倉を代表する温泉施設。
外湯としての歴史が古くからあり、和倉温泉になくてはならないシンボルでもあります。
館内はちょっとした温泉博物館のようで広々しています。
ここへくれば、和倉温泉のすべてがわかります。
あ、忘れてました、ここで和倉温泉について少し触れてみたいと思います。
和倉温泉の泉質は高張性弱アルカリ性高温泉。
ナトリウムやカルシウムを多く含み、泉温度は89.1度。
リウマチ系や通風、神経炎などに効能があり、飲用すれば慢性胃カタルなどにもいいそうです。
ちなみに、温泉特有の硫化水素的なにおいはしません。
湯脈が発見されたのは約1,200年も昔の話。
今でこそ陸地でつながっていますが、かつてこのあたりは全部海だったそうです。
弁天崎源泉公園とその周辺では、随所に温泉の湯気が吹き出しているところがあります。
この地が海だったことを物語る、ごつごつとした岩肌も印象的です。
和倉温泉を発見したのは、傷ついた一羽のシラサギと漁師だったそう。
その後長い年月を経て、やがて加賀藩二代藩主の目にとまり和倉温泉は全国にもその名が広まったといわれています。
最も源泉に近いところでは、シラサギにちなんだオブジェや湯壺があります。
ちょっと海がみたくて和倉港へ。
港といってもプレジャーボートなどが係留されているだけで、漁港があったり船が発着するわけでもありません。
ちょっとした海辺のいこいの場所的な感じです。
七尾湾のレジャースポット・能登島へのアクセスは能登島大橋が便利です。
女子大生グループでしょうか、夕食前のひとときを浴衣姿で楽しむシーンもありました。
少し暗くなり始めてきました。
ゆっくりと少しずつ、一日の終わりが忍び寄ってきました。
部屋に戻って外を眺めてみたら、目の前には美しい夕焼けが広がっていました。
一日の終わりを告げるひととき。
お風呂に入ってゆったり過ごす時間同様、この瞬間もたまりません。
こんな時は誰もが詩人になれる、そんな気がしました。
お待ちかねの夕食となりました。
題して「加賀屋の旬菜」。
能登半島は魚介類の宝庫であることはもちろん、加賀野菜や能登野菜、能登牛など、伝統的な食材にも恵まれています。
部屋でいただく和食のフルコース。
先付や前菜などからひとり宴が始まります。
お品書きに「食前酒」ではなく【食前】とだけ書かれていたのが気になっていたら、これは「金澤柚子蜂蜜」だそう。
要するに、ジュース。
孝子さんによると、「お子さまでも楽しい食事の前に乾杯ができるように配慮しました」。
なるほど、そんな家族思いの配慮はうれしいですよね。
柚子の香りに蜂蜜がブレンドされて、ほんのりとした甘さがとても飲みやすく上質でした。
これも珍しい珍味。
「干し口子(くちこ)炙り」と呼ばれるもので、七尾湾でごくわずかしか生産されないものなのだとか。
糸ほどのサイズしかないナマコの卵巣を何本も重ね合わせて、陰干しにしてつくられた日本三大珍味のひとつだそうです。
ちゃちゃっと炭火であぶって、口に放り込めば潮の香ばしいかおりが。
歯ごたえもよく、それでいて食べやすい柔らかさでした。
里山里海の恵みの幸が、煮物や椀物、お造りにアレンジされ心地よいペースで。
気付いたのは、どの料理も辛くもなく濃くもなく、和食にしてはクセがない点。
加賀屋では日頃から、「食べやすい和食」をテーマにしているのだそうです。
やや甘みを帯びた味の仕立ては、どちらかというと関西風。
そのおかげで、箸も進みます。
大事ですよね、「食べやすい和食」って。
食事を楽しみながらそんな蘊蓄が色々と対面式に聞けるのも、旅館ならではのおもてなし。
とはいえ、最近では会話を好まない人も少なくないそうです。
せっかく純和風旅館へきたのだから、加賀屋のおもてなしをじっくり堪能しないともったいないですよね。
ご存じ日本海の幸・のど黒。
別名・アカムツともいわれ、個人的に過去に何度か味わったのはすべて生でしたが、孝子さん曰く「のど黒は塩焼きが一番美味しいんですよ」。
パリパリっとした外側の食感といい、そして塩の効いたやわらかな白身といい。
今まで食べたのど黒がどんな味だったか忘れてしまうくらい、美味しかったです。
大きな発見でした。
これもイケました、能登牛の「いしるしゃぶ鍋」。
初めて聞く「いしる」とは、いかといわしを丸ごと発酵させてつくった【魚醤】だそう。
能登牛とともに、香ばしいつゆまで口に運べば、気分はすっかり日本海。
まさに能登半島が生んだ、魔法のつゆといえるでしょう。
ほたるいかの黄身酢掛けをいただいたあとは、さざえごはん。
高価でなかなか買えないさざえの身が、ごはんにまざってたっぷり。
独特の磯の香りが自然な感じで味付けされて、これは本当に贅沢でした。
気がついたらもうおなかいっぱいでした。
この道10年以上という客室係の孝子さん、「いえいえ、まだ10年ですから」。
決してノーとはいわない加賀屋のもてなしスタイルは、いまだに健在です。
できることなら、テレビも時間も忘れてゆっくりくつろいでみたい気がします。
そう、【加賀屋時間】を満喫するために。
せっかくなので、館内をちょっと探検してみましょう。
チェックインした時に遭遇した1階のロビーラウンジでは、ちょっとしたミニコンサートが行われていました。
思った以上に多くの人が、心地よいアコースティックなメロディーに酔いしれています。
よくみると、天女の舞う輪島塗の大パネルがズラリと。
昼間はまったく気付かなかったのに、夜になるとこんなゴージャスな雰囲気を醸しだしていたとは。
一泊で二度楽しめる、意外な演出でした。
館内は美術館さながら。
ひとつひとつ紹介できないくらい、数々のアートで演出されつくされています。
輪島塗、九谷焼、加賀友禅などなど、すべて北陸の財産そのものです。
このほかにも館内には数えきれない美術品がたくさんありました。
ぜひみなさんご自身の目で、お確かめくださいね
3階には、本格的な能舞台もありました。
年に数回、かつての加賀藩ゆかりの加賀能が、幽玄な舞台を披露するそうです。
北陸の伝統文化は、美術品だけではありませんでした。
館内には、至るところに腰をおろせる場所があります。
加賀屋の心遣いがパブリックスペースひとつにも表れています。
でもお酒をのみすぎて、暴睡してしまわないように。
バーやラウンジも充実しています。
どこを選ぶか迷ってしまいますね。
「シアタークラブ花吹雪」も盛り上がっています。
かつてのOSK歌劇団を中心に結成され、もちろん加賀屋でしか観れない貴重なステージ。
これを観るためにやってくる人もいるのだとか。
45分間があっという間、きらびやかなひとときでした。
占いコーナーがあったり、お地蔵さんがあったり、小さな神社まであったり。
ちょっとした縁日気分です。
ついつい見過ごされがちですが、光による演出が何ともいえない安堵感を与えてくれます。
館内のあちこちにある、柔らかで自然な計らい。
目にやさしく心にもやさしく。
こうした演出も、時間の経過とともに体を休めてくれるのでしょう。
すっかり夜が更けた加賀屋周辺。
旅館の施設が充実しているからでしょう、外を歩く人影はほとんどありません。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいました。
気がつけば、2回目のお風呂に入ることをすっかり忘れる始末。
残り2つのお風呂は、明日に入ることに決めました。
こうして加賀屋の1日目が終了。
和倉の夜は静かに更けていきました。
2日目の今日もいい天気でした。
今日も波穏やかな七尾湾、まるで湖のようです。
「おはようございます」と午前8時に食事を運んできてくれた孝子さん、昨日とは着物が違いました。
かつては「仲居さん」といわれた孝子さんの仕事は、今や「客室係」と名前を変えました。
スーツやワンピースからジーンズなどのカジュアルへ、来る人のスタイルもずいぶん変わりました。
変わらないのは、「五感を働かせてお客様が今何を求めているか察知して行動する」(孝子さん)加賀屋の姿勢だけです。
孝子さん、いつまでも輝や(加賀屋)いてくださいね。
さてさて、お待ちかねの朝風呂へ。
まずは階下のお風呂から。
おお~、勢いよく滝が流れています。
見晴らしも上々。
気分は最高。
お湯の温度計をみると42.6度。
ゆっくり体を沈めてみました。
ああ、若干熱めな程度で、昨日の露天風呂より温度は低そうです。
勢いよく流れ落ちる滝の音響効果も、温泉には欠かせない演出のひとつですね。
せっかくなので、どんな味がするのか飲湯をたしなんでみました。
わ、辛っ!!
これは驚きました。
しかも塩とは違う独特の味が。
そういえば夕べ孝子さんが、「濃度は海より濃いんですよ」と言っていたことを思い出しました。
確かに胃に効きそうです。
ここまで辛いとは思いもせず、さすがに2杯目は遠慮しました。
エレベーターを使って最後のお風呂へ入るべく階上へ。
明るい!
今までとはまた趣が違って、まるでリゾートホテルのよう。
「露天」ではなく「野天」ですが、さんさんと降り注ぐ日差しが朝に似合います。
浸かってみると、3つのお風呂のうち一番温度が低めかもしれません。
いつまでも入っていたくなる心地よさ。
のんびり温泉を堪能するには、ここのお風呂が一番のような気がしました。
思わずチェックアウトの時間を忘れてしまうほどでした。
加賀屋でのひとときもそろそろ終わりに近づいてきました。
とても一泊では堪能しきれない充実した数々の施設。
孝子さんのおもてなしがあってこそ楽しめた夕食。
それぞれ特徴のあった心地よく明るいお風呂。
36年連続総合第1位の理由が、これでわかったような気がします。
そして、「一度は加賀屋に泊まってみたい」「一度泊まったらまた来たくなる」という旅人の気持ちが、今回の取材でひしひしと実感できました。
旅人目線のWEBマガジン、これからもご愛読くださいますよう。