花巻温泉郷は、古くから東北の名湯として人々に親しまれてきました。その中でも、ひときわ異彩を放っているのが鉛(なまり)温泉です。600年も前につくられたという日本一深い天然の岩風呂や、しっとりとした木造総けやき造りのたたずまいなど、山間に抱かれた温泉宿として昔ながらの情緒を醸しだしています。その一方で、今新たに注目を集めているのが、これまでの純和風旅館とはまったく趣の異なった藤三旅館別邸「心の刻 十三月」です。同じ系列旅館でありながら、シックなモダンテイストを身にまといつつ、和の心を忘れていない昔ながらのおもてなし。宿でもなく、旅館でもなく、ホテルでもなく。新しいスタイルのNEO RYOKANは、旅人にそっと寄り添ってくれる、心の置き場所そのものでした。
春まだ遠きみちのく路。粉雪が舞うしんしんと冷える季節だからこそ、あったかいお湯が欲しくなり、鉛温泉へ。人里離れた一軒宿で、「何もない贅沢」をしたいというわがままな旅でした。
2年前にお目見えした「心の刻 十三月」は、いわて花巻空港から車でわずか30分足らずという便利さ。そんな至近距離にありながら、ひとたび足を踏み入れればそこはもう別世界。そのせいでしょうか、地元東北ならずとも関東や関西からの宿泊客も多いそうです。
玄関まわりは、「藤三旅館」本館や湯治部とはまったく異なるテイスト。まるで現代アートの美術館のようなたたずまい。シックで上品な大人の香りが漂っています。
フロントからロビーへ。壁面に明るいガラスをたっぷり使い、ゆったりと腰を落ち着かせられるデザイナーズソファや清潔感あふれるテーブルなど、まさに選ばれた人だけに許されたエグゼクティブ空間。スタッフの温和な笑顔も印象的で、滞在中は煩わしい日常をすべて忘れようと心に決めました。
ロビーの外側には足湯が。特に案内表示はありませんが、気づいた人にだけどうぞ、という、決してサービスを押しつけない余裕すら感じます。
ここから先はレストラン「梵(KARMA)」。レストランとは思えない、独特のたたずまい。早くも夕食が待ち遠しいくらい、わくわくして仕方ありません。
床下に空中浮遊の妙味が仕込まれていました。非日常空間の演出が、そこかしこにあります。
早速客室へ。部屋は黒で統一されていました。シャープなコントラストでありながら、白熱系の照明が旅人を優しく包んでくれます。
ウェルカムスイーツも粋な計らいです。北上のイタリアンから取り寄せた「クレーマ・カタラーナ」は、フルーティーでプリンのような食感。
部屋にお風呂、しかも露天風呂なんてうれしすぎます。隠れ里の一軒宿で、非日常空間に身を置くことの幸福感。人に教えたいような教えたくないような、複雑な心境になってしまいます。
温泉特有のにおいが漂っています。それもそのはず、源泉100%かけ流しのため、加水も加温もせず、開いたままの湯口からは四六時中こんこんとお湯が注がれています。
部屋と露天風呂の間は、ほぼバリアフリー。清潔感たっぷりの洋のテイストと、どっぷり身を委ねられる露天風呂との巧みなコラボレーションこそ、究極のホスピタリティーだと実感せずにはいられませんでした。